医療法人フェニックス 博愛病院 理事長 仲本 政雄

光陰矢の如しで、昭和6241日に博愛病院を開設してからお陰様で今年で32年となりました。

当初病床数140床に対し、医師3名、職員56名余りでスタートしたのですが、平成元年6月には60床の特例許可老人病床を増設し、更に時代の要請に応えるべく、平成84月には全館冷暖房完備、最新機器を設置し、リハビリ用の体育館も備えた8階建ての新館を増築し、209床の病床に対し、医師も常勤9名、非常勤2名、職員合計200名の大世帯となり今日に至っております。

 これもひとえに職員をはじめ、地域の皆様や利用者の方々、関係各位の皆様のご支援、ご協力の賜物であり、改めて心から感謝申し上げる次第でございます。

ここで、医療法人フェニックス博愛病院の名称の由来をご紹介させて頂きます。

フェニックスは、私の母校広島大学のシンボルであります。ご承知のように、広島は第二次大戦で人類史上初めて原爆の犠牲となり当時、その跡は、草木も生えぬだろうと云われたぐらい壊滅的な打撃を被りましたが、戦後は奇跡的な復興を遂げ、今や中国地方屈指の新生都市に発展し、国際平和運動のシンボル的存在となっております。

私共の沖縄も又、第二次大戦で山河が一変する程の打撃を受け、今なお、その重みをひきずっておりますが、然し、人々の活力は逞しく、フェニックスの如く甦り、基地の重みを逆手にとって、国際平和観光都市沖縄へと変貌を遂げようとしております。

フェニックス(不死鳥)は、勿論、故人の夢の産物でありますが、私共にとっても又、今、心ならずも病に倒れ、闘病生活を余儀なくされている人々にとっても、どんな苦境にあっても、必ずや立ち直れると云う励みのメッセージであり、いつか病を克服し、再び力強く再生への道を羽ばたかんことを祈念して名付けたものです。博愛病院は、その前身、博愛夜間クリニックの名称を引き継いだものであります。ピネルの時代から二百年も経った今日でもなお、心を病んだ人は、その病以上にいわれなき偏見や差別に苦しんでおり、この世に生を受けた同胞として、等しく遇して欲しいことを世間にアピールしたつもりでありました。又、どんな医療にとっても、病人の看護や治療は、ピネルやナイチンゲールの博愛精神やヒューマニズムが原点であり、いつまでもその原点を忘れないように、自戒の意味を込めて命名したつもりであります。

願わくば、博愛精神でもってフェニックスの如く、いつまでも羽ばたかんことを・・・

平成31年1月吉日


医療法人フェニックス 博愛病院 院長 仲本 譲

院長 仲本 譲 / Yuzuru Nakamoto博愛病院が32周年を迎えるに当たり、ご挨拶を申し上げます。
この30年近く、博愛病院がここまで発展できたのは、職員の皆様の支えによるところだと思います。

博愛病院が患者さんに寄り添いながら地域のニーズに応えていく姿勢は、まさに幼心に抱いていた自分の目標と重なります。現在、発達障がい専門外来や発達障がいショートケアの立ち上げ・運営に関わらせていただいておりますが、新しいことを始めること、そしてそれを維持することの厳しさを痛感しています。30年以上病院がここまで発展できたのは、皆様方の多大な尽力のおかげだと思います。これからも博愛病院がクライアントに信頼され、愛される病院になっていけるよう、頑張っていきたいと思います。


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